救急搬送で意思を尊重してもらう準備|ACP・医療情報の伝え方
突然の病気や事故による救急搬送は、誰にでも起こり得ます。
意識がない、言葉で意思を伝えられないといった状態で搬送された場合、本人が望んでいる医療やケアを、その場で医療者へ説明することはできません。
そのようなときに備えて、自分が大切にしていることや、希望する医療・ケアについて家族や医療者と話し合うのが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、いわゆる「人生会議」です。
あわせて、緊急連絡先、かかりつけ医、持病、服薬状況などの医療情報を整理しておくことで、救急隊や搬送先の医療機関が本人の状態を把握しやすくなります。
この記事では、救急搬送時に本人の意思をできる限り尊重してもらうために、元気なうちから準備しておきたいことを解説します。
救急搬送時に本人の意思を伝えるための事前準備
救急搬送は、予測できないタイミングで起こります。
意識が混濁している、呼びかけに反応できない、障害や病気によって自分の状態を説明することが難しい場合、医療者は限られた情報のなかで対応を判断しなければなりません。
救急医療は命を救うことを使命としています。したがって、本人の希望が分からなければ、救命を優先した処置が進められるのが一般的です。
そのため、本人が元気なうちから、どのような医療やケアを望むのかを家族やかかりつけ医と話し合い、その内容を確認できる形にしておくことが大切です。
ただし、ACPは「延命治療を受けるか、受けないか」だけを決めるものではありません。
本人が大切にしている生活や価値観、どこで過ごしたいか、誰にそばにいてほしいかなども含め、将来の医療と暮らしについて考える取り組みです。
救急現場では救命措置が優先される
救急隊は、傷病者の生命を守ることを最優先に活動します。
心肺停止など緊急性の高い状態であれば、救急隊員は心肺蘇生やAEDによる処置を行い、医療機関へ搬送します。
本人が以前から延命治療を望んでいなかったとしても、その意思が救急現場で確認できなければ、救命措置が開始される可能性が高くなります。
本人の希望だけで救急隊の処置が直ちに変わるとは限らない
ACPや事前指示書を準備していても、それを提示すれば必ず救急隊が蘇生を行わないというわけではありません。
救急現場では、本人の状態、書面の内容、かかりつけ医への確認、地域の救急活動の運用などを踏まえて対応が判断されます。
そのため、「書面を用意すること」だけでなく、かかりつけ医や家族と事前に話し合い、緊急時の連絡方法や対応を共有しておくことが重要です。
意思が分からない場合に家族が抱える負担
本人の意思が確認できない場合、家族は短い時間のなかで、命に関わる重要な判断を求められます。
人工呼吸器、心肺蘇生、経管栄養などについて、本人がどのように考えていたのか分からなければ、家族は「この選択でよかったのだろうか」と悩み続けるかもしれません。
本人の価値観や希望を日頃から共有しておくことは、本人のためだけでなく、判断を支える家族の負担を軽くすることにもつながります。
ACP(人生会議)で医療やケアの希望を話し合う
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは、将来、自分で意思を伝えることが難しくなった場合に備え、希望する医療やケアについて繰り返し話し合うプロセスです。
日本では「人生会議」とも呼ばれています。
一度決めた内容を固定するのではなく、健康状態や生活環境、気持ちの変化に応じて、何度でも見直していくことが基本です。
ACPで考えておきたいこと
ACPでは、まず自分が人生や暮らしのなかで大切にしていることを考えます。
例えば、次のような内容です。
・できる限り自宅で過ごしたい
・家族との時間を大切にしたい
・痛みや苦しさをできるだけ減らしてほしい
・回復の可能性がある治療は受けたい
・意思疎通ができない状態が長く続く場合は、負担の大きい治療を希望しない
・好きな音楽を聴ける環境で過ごしたい
こうした価値観をもとに、希望する医療やケアについて家族、かかりつけ医、訪問看護師、ケアマネジャーなどと話し合います。
延命治療について考える際の例
ACPでは、具体的な医療処置について考えることもあります。
例えば、
・心肺停止時の心肺蘇生
・人工呼吸器の使用
・経管栄養や点滴
・入院治療
・緩和ケア
・自宅や施設での療養
などです。
「受けたくない医療」だけではなく、「受けたい医療」や「大切にしてほしいこと」も伝えることが重要です。
また、DNARは、心肺停止時に心肺蘇生を行わないという医療上の指示を指します。
ACPで延命治療について話し合ったことと、救急現場で直ちにDNARとして扱われることは同じではありません。本人の病状や主治医の判断を含め、医療者と具体的に確認しておく必要があります。
自分の考えを代わりに伝えてくれる人を決める
本人が意思を伝えられなくなったときに、本人の価値観や希望を医療者へ伝える人を決めておくことも大切です。
この人は、本人に代わって自分の考えを押し通すのではなく、本人がどのような選択を望んでいたかを推定し、医療者との話し合いに参加する役割を担います。
配偶者、子ども、きょうだい、親族、信頼できる友人などが考えられます。
誰にお願いしたいかを本人が伝え、その人にも役割を説明しておきましょう。
ACPの内容を書面に残す
ACPは話し合いのプロセスそのものが重要ですが、緊急時に備えるためには、内容を書面に残しておくことも役立ちます。
事前指示書やリビング・ウィル、自治体や医療機関が作成している意思表示の書式などを利用できます。
書面には、次の内容を記載します。
・大切にしている価値観
・希望する医療やケア
・希望しない医療やケア
・意思を伝えられない場合に相談してほしい人
・かかりつけ医
・作成日と更新日
ただし、書面があるだけで、すべての希望が必ずそのとおりに実現するとは限りません。
その時点の病状や医学的な見通し、緊急性などによって、対応が異なる場合があります。
書面を作成したら、家族やかかりつけ医と共有し、内容について話し合っておくことが大切です。
救急隊へ医療情報を伝える準備
本人の意思と同じくらい重要なのが、持病や服薬状況などの医療情報です。
救急隊や搬送先の医療機関が必要な情報を確認できれば、より適切な初期対応につながります。
医療情報キットを準備する
医療情報キットとは、緊急時に必要となる情報を一つにまとめて保管するものです。
自治体によっては、「救急医療情報キット」「救急あんしんキット」などの名称で、専用の用紙や容器を配布しています。
準備する内容の例は次のとおりです。
・氏名、生年月日、住所
・緊急連絡先
・かかりつけ医療機関
・主治医の氏名
・持病や既往歴
・服用している薬
・薬や食物などのアレルギー
・障害や医療的ケアの内容
・コミュニケーション方法
・ACPや事前指示書の有無
・書類の保管場所
・作成日、最終更新日
医療情報は変化するため、定期的に内容を見直す必要があります。
お薬手帳をすぐに確認できる場所へ
お薬手帳には、薬の名前、量、服用方法などが記録されています。
救急搬送時には、薬の重複や飲み合わせ、持病の推測などに役立つことがあります。
日頃から一冊にまとめ、外出時にも携帯する習慣をつけましょう。
電子版のお薬手帳を利用している場合でも、スマートフォンの充電切れやロック解除ができない可能性があります。
主要な薬やアレルギー、緊急連絡先については、紙でも確認できるようにしておくと安心です。
医療情報キットの保管場所を共有する
医療情報キットを準備しても、救急隊や家族が見つけられなければ活用できません。
自治体によっては、冷蔵庫の扉やドアポケットを保管場所として案内していることがあります。
冷蔵庫は多くの家庭にあり、救急隊が確認しやすいためです。
一方で、地域によって運用は異なります。
まずは住んでいる自治体の案内を確認し、家族や支援者にも保管場所を伝えておきましょう。
玄関や冷蔵庫に、医療情報キットがあることを示すステッカーを貼る方法もあります。
障害のある人に必要な情報も記載する
障害のある人が救急搬送された場合、病名や薬だけではなく、本人との関わり方に関する情報も重要です。
例えば、次のような内容です。
・言葉での意思表示ができるか
・質問への答え方
・痛みや不調を示すサイン
・触れられることが苦手な場所
・大きな音や光への過敏さ
・パニックになった際の対応
・普段と異なる状態の見分け方
・医療的ケアの方法
・支援者や福祉事業所の連絡先
本人がヘルプカードやサポートブックを持っている場合は、その保管場所も医療情報キットに記載しておきましょう。
緊急連絡先を決める際のポイント
緊急連絡先には、本人の健康状態や医療に関する考えを理解している人を登録します。
一人だけでは連絡がつかない可能性があるため、複数人を登録しておくと安心です。
連絡の優先順位を決める
緊急連絡先には、次のように優先順位をつけます。
1.同居している家族
2.近隣に住む親族
3.遠方にいるきょうだい
4.相談支援専門員やケアマネジャー
5.福祉事業所や施設の担当者
家族が必ず第一候補になるとは限りません。
本人の状況をよく理解し、緊急時に連絡が取れる人を考えて決めましょう。
医療に関する意思を伝える人の役割
緊急連絡先に登録された人が、法律上すべての医療行為を決定できるわけではありません。
主な役割は、本人の病歴や普段の状態、過去に話していた希望などを医療者へ伝え、本人にとって何が望ましいかを一緒に考えることです。
医療に関する最終的な対応は、本人の意思、家族などから得られた情報、病状、医学的な判断を踏まえ、医療チームが検討します。
成年後見人がいる場合の注意点
成年後見人は、本人の財産管理や契約などの法律行為を支援する役割を持ちます。
一方で、医療行為について本人に代わって同意する権限が、当然に認められているわけではありません。
そのため、成年後見人がいれば、すべての医療判断を任せられるというものではありません。
成年後見人、家族、相談支援専門員、福祉事業所などが、それぞれの役割を確認し、本人の意思や生活状況を共有しておくことが大切です。
特に親なきあとを見据える場合には、次の役割を分けて考えます。
・救急時に駆けつける人
・医療情報を更新する人
・本人の価値観を医療者へ伝える人
・福祉事業所や病院と連絡を取る人
・財産や契約を管理する人
一人にすべてを任せるのではなく、複数の人や機関で支える体制を整えることが、長く続く支援につながります。
救急搬送とACPに関するよくある質問
ACPや事前指示書があれば、救急隊は心肺蘇生を行わないのでしょうか?
事前指示書があるだけで、救急隊が必ず心肺蘇生を行わないとは限りません。
救急現場では救命が優先され、本人の状態、書面の内容、医師への確認、地域の運用などによって対応が判断されます。
延命治療を望まない場合には、書面を作成するだけでなく、かかりつけ医や家族と具体的な対応について話し合っておくことが重要です。
緊急連絡先の人は医療方針を決定できますか?
緊急連絡先に登録されているだけで、本人に代わる法的な決定権を持つわけではありません。
本人の価値観や希望、普段の状態を医療者へ伝え、治療方針を考える際の重要な情報を提供する役割があります。
親がいない状況で、障害のある家族が救急搬送された場合はどう備えればよいですか?
医療情報キット、お薬手帳、ヘルプカード、サポートブックなどを活用し、本人の医療情報やコミュニケーション方法をまとめます。
あわせて、きょうだい、成年後見人、相談支援専門員、福祉事業所などの連絡先と役割を明確にしておきましょう。
誰が医療情報を更新し、誰が病院へ連絡するのかを決めておくと、緊急時の混乱を減らすことができます。
まとめ|本人の意思と医療情報を、伝わる形にしておく
救急搬送という突然の事態で、本人の意思をできる限り尊重してもらうためには、元気なうちからの準備が大切です。
ACP(人生会議)を通じて、自分が大切にしていることや、希望する医療・ケアについて家族やかかりつけ医と話し合います。
その内容は事前指示書などに記録し、緊急連絡先や医療関係者と共有しておきましょう。
同時に、持病、服薬状況、アレルギー、かかりつけ医、障害特性などを医療情報キットにまとめ、緊急時に確認しやすい場所へ保管します。
ただし、書面を作成することだけがACPではありません。
本人の希望は、健康状態や生活環境によって変わることがあります。定期的に話し合い、内容を見直すことが重要です。
すべてを一度に決める必要はありません。
まずは、緊急連絡先と医療情報を整理し、家族や身近な人と「もしものとき、何を大切にしたいか」を話すところから始めてみましょう。
なお、あしたパートナーズでは、障害のある方とそのご家族の「親なきあと」に関する個別相談を行っています。
個別相談では、ご家族の構成や現在の暮らし、所有する財産、将来感じている不安などを伺いながら、住まい、生活や就労、お金、相続、きょうだいの関わり方といった課題を一つずつ整理します。
きょうだいがいる場合も、将来の支援を担うことを前提にするのではなく、それぞれの生活や気持ちを踏まえ、家族にとって無理のない備えを考えていきます。
「何から考えればよいか分からない」
「家族だけでは話し合いが進まない」
という段階でも構いません。
まずは、現在の暮らしと、親が担っている役割を整理するところから始めていきます。
執筆者
中村 大輔(なかむら だいすけ)
一般社団法人あしたパートナーズ アドバイザー
一般財団法人ひふみ会 まちだ丘の上病院 院長
医療法人社団元気会横浜病院 院長補佐
