成年後見・家族信託と医療同意|ACP・意思決定支援による将来への備え
認知症や病気、障害などによって、自分の考えを十分に伝えることが難しくなったとき、財産管理とともに課題となるのが、医療やケアに関する意思決定です。
「家族がいれば代わりに決めてもらえる」「成年後見人をつけておけば、医療同意も任せられる」と考えている方もいるかもしれません。
しかし、成年後見制度や家族信託は、それぞれ役割が異なり、医療行為への同意を目的とした制度ではありません。
本人が望む医療やケアを受けるためには、制度だけに頼るのではなく、元気なうちから自分の価値観を伝え、家族や医療・福祉関係者と共有しておくことが大切です。
この記事では、成年後見制度と家族信託の役割、医療同意をめぐる課題、ACP(人生会議)や意思決定支援を通じた備えについて解説します。
判断能力が低下したとき、医療について誰が決めるのか
手術や検査、治療方針を決める際には、原則として医療者から説明を受けた本人が、内容を理解したうえで意思を示します。
しかし、本人が意識を失っている場合や、認知症、知的障害、精神障害などによって判断や意思表示が難しい場合には、本人だけで決めることができないこともあります。
そのような場面では、まず本人が理解しやすい説明やコミュニケーション方法を工夫し、本人自身による意思決定を支えることが基本となります。
それでも意思を確認することが難しい場合には、これまでの本人の発言や価値観、家族などから得られた情報をもとに、医療・ケアチームが方針を検討します。
成年後見人や家族に当然の医療同意権があるわけではない
成年後見人には、本人の財産管理や、介護・福祉サービス、入院などに関する契約を支援する役割があります。
一方、手術や治療を受けるかどうかは、本人の生命や身体に直接関わる重要な意思決定です。
そのため、成年後見人だからという理由だけで、本人に代わってすべての医療行為へ同意できるわけではありません。
家族についても同様です。実際の医療現場では、家族が本人の考えや普段の状態を医療者へ伝え、治療方針について話し合うことがありますが、家族であれば当然に包括的な代理権を持つというものではありません。
大切なのは、「誰に決定権があるか」だけを考えるのではなく、本人が何を望んでいたのかを関係者が丁寧に確認することです。
成年後見制度ができることと医療面での限界
成年後見制度は、判断能力が十分でない人の権利や財産を守り、生活を支えるための制度です。
成年後見人の仕事は、大きく「財産管理」と「身上保護」に分けられます。
成年後見人が行う財産管理
財産管理には、次のような行為があります。
・預貯金や収支の管理
・医療費や生活費の支払い
・不動産の管理や必要な手続き
・相続に関する手続き
・本人に不利益な契約の取消し
成年後見人は、本人の財産を本人の生活や療養のために適切に管理します。
成年後見人が行う身上保護
身上保護とは、本人の生活や療養に必要な法律行為を行い、そのサービスが適切に提供されているかを確認することです。
例えば、次のような契約や手続きが含まれます。
・介護サービスの利用契約
・障害福祉サービスの利用契約
・施設への入所契約
・入院に伴う契約や費用の支払い
・住まいに関する手続き
ただし、身上保護は、成年後見人自身が直接介護をしたり、本人の代わりに医療行為へ包括的に同意したりすることを意味するものではありません。
任意後見契約でも医療同意をすべて任せることはできない
任意後見契約は、本人に十分な判断能力があるうちに、将来支援してほしい人と支援内容を決めておく制度です。
誰に財産管理や生活上の契約を任せるかを、本人自身があらかじめ選べる点に特徴があります。
ただし、任意後見契約の代理権目録に医療に関する事項を記載すれば、あらゆる医療行為への同意を任せられるわけではありません。
任意後見人に、本人の価値観や医療に関する希望を伝える役割を期待する場合には、後見契約とは別にACPや事前指示について話し合っておくことが重要です。
家族信託でできることと医療同意の違い
家族信託とは、自分の不動産や預貯金などを信頼できる家族などへ託し、あらかじめ決めた目的に沿って管理・処分・承継してもらう財産管理の仕組みです。
本人の判断能力が低下した後も、信託契約の内容に基づいて財産を管理できることがあります。
家族信託が担うのは主に財産管理
家族信託では、契約内容に応じて次のような備えができます。
・不動産の管理や売却
・賃貸物件の管理
・生活費や介護費用の支払い
・本人の死後を含めた財産承継
・障害のある子のための財産管理
例えば、親が認知症になった後も、受託者である子どもが信託された不動産を管理し、そこから得られる収益を親の生活費や医療費に充てる仕組みを整えることができます。
家族信託では生活上のすべてを任せられない
家族信託の受託者が管理できるのは、原則として信託契約の対象となった財産です。
介護サービスや施設入所の契約、身元保証、医療やケアに関する意思決定まで、家族信託だけで対応できるわけではありません。
財産管理は家族信託、契約や生活上の支援は任意後見など、目的に応じて役割を分けて考える必要があります。
ACP(人生会議)で本人の価値観を共有する
成年後見制度や家族信託では十分に補えない医療・ケアの意思決定に備える方法として、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)があります。
ACPは「人生会議」とも呼ばれ、もしものときに備えて、本人が望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みです。
ACPは延命治療だけを決めるものではない
ACPというと、「延命治療を受けるかどうかを決めるもの」と思われることがあります。
しかし、本来はもっと幅広く、本人が大切にしている暮らしや価値観について話し合うものです。
例えば、次のようなことを考えます。
・どのような生活を続けたいか
・どこで医療やケアを受けたいか
・苦痛をできるだけ減らしてほしいか
・回復の可能性がある治療をどこまで希望するか
・自分で決められないとき、誰に考えを伝えてほしいか
・家族にどのような負担をかけたくないか
希望は、病状や年齢、生活環境によって変化します。
一度決めて終わりにするのではなく、何度でも話し合い、見直していくことが大切です。
リビングウィルや事前指示書を活用する
ACPで話し合った内容を、リビングウィルや事前指示書として文書に残す方法もあります。
文書には、希望する医療やケア、望まない処置、本人が大切にしていること、意思を伝えられない場合に相談してほしい人などを記載します。
ただし、書面を作成すれば、どのような状況でも記載どおりの対応が自動的に行われるとは限りません。
実際の医療は、本人の現在の状態、治療による利益と負担、緊急性などを踏まえ、医療・ケアチームが中心となり検討し、家族などと相談しながら決めます。
文書そのものだけでなく、家族やかかりつけ医などと内容を共有しておくことが重要です。
意思決定支援で本人の「決める力」を支える
本人の判断能力が低下しているように見えても、すぐに「本人には決められない」と判断するべきではありません。
説明する言葉を簡単にする、図や写真を使う、落ち着ける場所で話す、選択肢を一つずつ示すなど、工夫することで本人が意思を示せる場合があります。
意思決定支援では、次のような順序で考えます。
1.本人が自分で決められるよう支援する
2.本人の意思や希望をできる限り確認する
3.過去の発言や生活歴から推定意思を考える
4.本人の意思が分からない場合は、本人にとっての最善を関係者で検討する
成年後見人や家族、相談支援専門員などは、本人の普段の暮らしや価値観を医療者へ伝える重要な役割を担います。
本人の推定意思とは
本人が意思を表明できず、明確な事前指示もない場合には、それまでの言動や価値観から、「本人ならどのように考えるだろうか」を検討します。
これを推定意思といいます。
本人が以前話していたこと、生活のなかで大切にしていたこと、治療や介護について示していた考えなどが手がかりになります。
家族の希望を本人の希望として扱うのではなく、あくまで本人の立場から考えることが大切です。
成年後見・家族信託・ACPの組み合わせ方
成年後見制度、家族信託、ACPは、どれか一つを選べばすべて解決するものではありません。
それぞれの役割を理解し、本人の状況に合わせて組み合わせます。
財産管理と生活上の契約に備える場合
柔軟な財産管理を重視する場合には、家族信託を利用し、信託財産の管理を家族へ託す方法があります。
一方、将来の介護サービスや施設入所などの契約に備えるには、任意後見契約などが選択肢となります。
家族信託が財産管理を担い、任意後見が生活に必要な法律行為を支えるという役割分担が考えられます。
本人の医療・ケアの希望も残す場合
財産管理や後見の準備に加えて、ACPを行い、本人が大切にしていることを家族や医療関係者と共有します。
任意後見人を予定している人にもACPの内容を伝えておけば、将来、本人が意思を十分に表明できなくなった際に、その価値観を医療・ケアチームへ伝えやすくなります。
後見人が医療を決定するのではなく、本人の意思を支えるチームの一員になるという考え方が重要です。
医療同意や意思決定に関するよくある質問
成年後見制度と家族信託は、医療の場面でどのように違いますか?
成年後見制度は、財産管理に加えて、介護・福祉サービスや入院に関する契約などの身上保護を担います。
家族信託は、信託した財産の管理・処分・承継を目的とした仕組みです。
いずれも、医療行為への包括的な同意を目的とした制度ではありません。
ACPやリビングウィルには法的な拘束力がありますか?
日本では、リビングウィルや事前指示書に、すべての医療現場を一律に拘束する法的効力が認められているわけではありません。
しかし、本人の意思や価値観を示す重要な情報として、治療方針を検討する際の手がかりになります。
書面だけでなく、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合っておくことが大切です。
本人の意思を確認できない場合、最終的に誰が決めるのでしょうか?
本人の意思を確認できない場合でも、特定の家族や成年後見人が単独ですべてを決めるとは限りません。
本人の推定意思、家族などから得られる情報、医学的な必要性や緊急性を踏まえ、医療・ケアチームが慎重に方針を検討します。
意見がまとまらない場合には、複数の専門職によるカンファレンスや倫理委員会などを活用することもあります。
まとめ|制度と本人の意思を分けずに備える
成年後見制度や家族信託は、判断能力が低下した後の財産管理や生活を支えるうえで大切な仕組みです。
しかし、どのような医療やケアを受けたいかという本人の意思まで、制度だけで自動的に決められるわけではありません。
本人の希望を将来へつなぐためには、元気なうちからACP(人生会議)を始め、自分が大切にしていることを家族や医療・福祉関係者へ伝えておくことが重要です。
財産管理は誰に任せるのか、生活上の契約を誰が支えるのか、医療に関する価値観を誰が伝えるのか。それぞれの役割を分けて整理することで、より現実的な備えになります。
すべてを一度に決める必要はありません。
まずは家族や身近な人と、「自分で意思を伝えられなくなったとき、どのような暮らしや医療を大切にしたいか」を話すところから始めてみましょう。
なお、あしたパートナーズでは、障害のある方とそのご家族の「親なきあと」に関する個別相談を行っています。
個別相談では、ご家族の構成や現在の暮らし、所有する財産、将来感じている不安などを伺いながら、住まい、生活や就労、お金、相続、きょうだいの関わり方といった課題を一つずつ整理します。
きょうだいがいる場合も、将来の支援を担うことを前提にするのではなく、それぞれの生活や気持ちを踏まえ、家族にとって無理のない備えを考えていきます。
「何から考えればよいか分からない」
「家族だけでは話し合いが進まない」
という段階でも構いません。
まずは、現在の暮らしと、親が担っている役割を整理するところから始めていきます。
執筆者
中村 大輔(なかむら だいすけ)
一般社団法人あしたパートナーズ アドバイザー
一般財団法人ひふみ会 まちだ丘の上病院 院長
医療法人社団元気会横浜病院 院長補佐
